2017年5月18日木曜日

パリ・モンパルナスのオテル・リベリア

(初出・2016年11月@Google+)

こちらは、盛岡で仏語翻訳のお仕事をされている、モリオカトリーヌさんがブログでお書きになった記事。




時は昭和末期~平成初期にかけての頃。
当時、「虹の会」という、【フランスとパリをこよなく愛する人々が集う】関西の有志団体が存在していた。
(今でも続いているかどうかは、残念ながらわからない...。)


その「虹の会」が主催する滞在型の格安パリ旅行が、学生の休みに合わせて毎年春と夏の2回、実施されていた。
当時、NHKのテレビ・ラジオのフランス語講座テキストに広告を載せていたので、気合い入れてフランス語を学んでいた人であれば「あぁ、そういえば...」とご記憶の方もちらほらいるのではないだろうか。


上のリンク先記事の作者・モリオカトリーヌさんは、1986年にこの「虹の会」でパリに行かれたそうだ。
1989年春参加の私よりも3年早い、先輩「虹の会イスト」である。


われわれが一ヶ月近くを過ごしたのは、モンパルナス地区のVavin交差点の横道Rue de la Grande-Chaumièreを入ったところにある、ホテル(仏語発音では「オテル」)・リベリア。
モリオカトリーヌさんの記事を読んでいるうちにあまりにも懐かしくなって、私もコメントの末尾に加わらせていただいた。(HNは黒犬べーやん。)


まぁ、「オテル(ホテル)」と名乗っていたことはいたのだが、所詮二つ星クラスの安宿である。
昔は、斜め向かいにある画学校に通う学生さんたちが大勢長逗留していたという。おかっぱ頭と猫の絵で有名な藤田嗣治(レオナール・フジタ)なども、住人としてか、はたまた訪問客としてか、その辺はわからないけれども、きっとこの建物に幾度となく出入りしていたに違いない。


今じゃちょっとした隠れ家的な雰囲気の、瀟洒なプチホテルに様変わりしてしまいましたけどね。

http://www.villa-artistes.com より拝借。

https://media-cdn.tripadvisor.com/media/photo-s/01/9f/bb/03/best-western-villa-des.jpg


アメリカ資本のベスト・ウェスタン、ねぇ...。うーーーむ。
どうも風情に欠けるんだよなあ、この名称。



アンカレッジのうどん屋さん②


(初出:2016年11月@Google+)

なんと。あの、アンカレッジのうどん屋さんの写真が残っていたとは。
しかも有名ブロガー・ちきりんさんのブログではないか。


数時間前に成田から飛んできたばかりの往路便で通った時は、眼中にすら入っていなかった、アンカレッジのうどん屋。


1989年3月、パリ(と、数日間ロンドン)に1か月滞在し、日本風の食べ物に死ぬほど飢えていたちょうどその時、アンカレッジの空港で「うどん」の文字が目に飛び込んで来たことは今でも忘れられない。
もう、そこだけ1000ワットぐらいの明るさでもって光を放っているかのように見えたものだった。


米ドル現金が無いからと泣く泣く諦めた、あのうどん。(前記事参照


そうか...。
高かったのか。
まずかったのか。
ならば、わざわざ食べなくって正解だったのだな...。
自分は間違っていなかった、と20数年経った今判明して、なんだか救われた気分だ。


だって、アンカレッジから再び飛行機に乗り、成田に着くまでは残り6-7時間程度。
それだけ我慢すれば、待ちに待った日本に戻れる。
駅の立ち食いそば・うどんも、カップの緑のたぬきや杵屋の手打ちうどんも、何でも揃う素晴らしき国・日本に...。

(それにしても、あの日成田に着き、その後どのような経路で家に帰ったのか、全く覚えていない。余程疲れていたのだろう。)

この文章を編集・加筆している2017年の今、アメリカの地方都市に住む私でさえ、近くの日系スーパーでもっちもちの冷凍讃岐風うどんが買える時代になった。
乾麺の太うどんだって、それはそれでなかなかイケる。よくできていると思う。


日本で買うよりは相当割高だけど、紙パックに入った創味のつゆ(おいしい♡)だってちゃんとあるしね。
(品切れになることが多いので、予備の一本は常にスタンバイさせておくことにしている。あら、日本での小売価格、随分お安いのね。ちょっとショックかも...。)


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世界はどんどん狭くなる。
それに従い、我々在外日本人の舌もますます贅沢になり、こらえ性もなくなりました、という話でありました。
ちゃんちゃん。



アンカレッジのうどん屋さん①


(初出:2016年Google+)

Yahoo!ニュースで紹介されていて、懐かしい「アンカレッジ」(米国・アラスカ州)という響きについ、反応。
中身があって、ためになり、わかりやすい。
最近のYahoo!ニュースでは珍し...おっとこれは余計かな。
ともかく、良い記事だった。


今から28年前のことになる。
1989年の3月、滞在型ツアーに参加するという形で、人生初のヨーロッパへ同級生のYちゃん・Kちゃんと一緒に旅立った。
成田発、アンカレッジ経由のアムステルダム行きKLMオランダ航空の、いわゆる「北回り便」に乗って。
アムスからはそのままエールフランスに乗り継ぎ、最終目的地・パリへと向かった。


(ちなみに、同じツアーに参加した学科の先輩・Mさんは、少しでも旅費を安くするために敢えてシンガポール経由の「南回り便」を選択。もちろん、シンガポール航空利用である。
後で話を聞いたら、こちらはこちらでストップオーバーで市内観光することができて、面白かったらしい。
春なのに既に灼熱地獄だったシンガポール。「この人、ホントに生きてるのか?」と心配になるほど微動だにしない露天商の人々の姿には、ちょっとした衝撃を受けた、とMさんは語っていた。体力温存のために無駄な動きをして汗流すようなことはしない、ということなのだろう。)


当時はバブル経済真っ盛り。
学生が実入りの良い家庭教師や塾講師(←かつては高給だった...。)を夏・冬、そして平日夕方以降に気合い入れてやりさえすれば、翌春にはすんなりとヨーロッパに行けちゃう。
今から思うと、ふざけんなこのヤロー!と怒鳴りたくなってしまうような時代であった。


アンカレッジ空港のゲート近くに、うどん屋、確かにあった。
味はいいのだが、チーズ&乳製品色の濃い(オランダですからね。)KLMの洋風機内食に少しがっくり来ていた私は、紺地ののれんに白抜き文字の「うどん」に激しく心を奪われた。
だが、早々と諦めるしかなかった。だって、「米ドルの現金、持っていなかったから。」
そして、他の客が大挙してうどん屋方面へ向かっていく姿を横目で見ながら、じっと耐えた。
未だにアンカレッジのうどん屋のことが忘れられないのは、あの時の「うらめしや~」が相当激しかったかったからに違いない。


当時は海外慣れしていなかった私。
「現金で米ドル持ってないから、買い物なんて一切無理に違いない...」とあっさり諦めてしまっていたのだ。
まさかアメリカ人が1ドルや2ドルの買い物でも堂々とクレジットカード払いをするだなんて、あの時は夢にも思わなかったのである。
ちゃんとセゾンカードVISA持ってたのにね。
あー、知らないって損だ。
アメリカ暮らしもかれこれ18年近くになる今じゃ、空港でもスーパーマーケットでも、ペットボトルのお水1本にさえ躊躇することなくカードで払う毎日。
アンカレッジ空港で腹空かせていたあの時の自分に、タイムマシンで遡って、「そのカードでうどん食べちゃいな!」と教えてあげられるものなら教えてあげたいよ。


(※まぁ、さすがに個人商店や小規模ビジネスでは「カード使用は10ドル以上の買い物に限らせてもらいます」といった断り書きがあるけどね。
クレジット会社への手数料でせっかくの儲けまでパーになってしまっては、お店だってやってられないよ。それは理解できますよね。うん。)

2017年5月14日日曜日

許さんっ!仏語版ベルばら主題歌【健康優良児Ver.】

1989年、春。
人生初めての海外旅行の行き先は、花の都・パリだった。


およそ1か月にも及んだ、モンパルナス地区にある2つ星エコノミーホテルでの長期滞在。
朝食後から夕方頃までバスやメトロを駆使して、まぁ、よく歩いた、歩いた。今にして思えば、時間と体力だけはある若い貧乏旅行者だったからこそできる、なかなか贅沢な旅をしていた。


歩き疲れて帰り、夕食の時間(珍しく夕食付のツアーであった)までは少し時間がある、といった時に、ホテルの部屋でよく子供向けのテレビ番組枠を見ていたのだが、それがまた、びっくりするほど日本製アニメだらけ。(「Dr.スランプ」「めぞん一刻」「キャッツアイ」...等々。)
近年、フランスを中心に花開いている感がある日本のアニメブームだが、ちょうどあの時期に「仕込み」が行われていたのだと思う。
あの頃に夕方アニメを食い入るように見ていた世代が、20代、30代...となり、今のマンガ・アニメ人気を支えているのだろうな。


その中で、大ショックだったことがある。
まず、私が愛して止まない池田理代子先生の大傑作・「ベルサイユのばら」にLady Oscarなどというふざけたタイトルが付けられていたこと。
(オスカル自身が原作中で自分のことを「ラ・コンテスLa comtesse=女伯爵」と称しているので、まぁ、Lady Oscarが間違っているわけではないんだけどさ。どうも語感が軽くってね~(;^_^A)


さらにショックだったのが、この、タイトルバックアニメーションのシリアスさ加減に恐ろしく不似合いな、能天気でチャラい曲調の主題歌が押し付けられていたこと。
まぁ、百読は一聴に如かず。とりあえず、お聴きくださいな。



もう、許せませんよねっ、この、いかにも健康優良児っていった感じの元気な行進曲ぅぅぅぅっ!!! 原作への冒涜だぁ~~~。


作品の世界をこれっぽっちも理解していない奴が作ったのは明らかだ、と思う。
フランス革命がテーマのこの作品、主要登場人物は最後にバタバタと命を落とし、ハッピーエンドには絶対ならない、ってわかっているはずなのに...。
どーかしてるよフランス人。


♪くーさーむらーにぃ~ なーもーしーれず~
ドラマチックで緊張感に満ちた弦楽器の旋律で始まるホ短調のこちらの歌(「薔薇は美しく散る」)を「ベルサイユのばら・主題歌」として最初に刷り込まされた、日本のわたしたち。


ああ、日本人で良かった...。
鈴木宏子さんの歌、いつ聴いても品の良さを感じさせて素敵です。


このお値段だったら、もう一度買い直してもいいかなあ。名曲揃いだし。
(小学生の時、LP盤で持っていたのだ~。)

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2017年5月7日日曜日

シナモン注意報発令中

神奈川県藤沢市・善行駅を降りてすぐのはり・きゅう丙辰堂(へいしんどう)治療院(HPは http://heishindou.com/ )の野村哲也先生のブログ記事より。


お菓子やコーヒー・紅茶のお供として大人気のスパイス・シナモンですが、取る量には少々注意した方がいいみたい。

肉食鍼灸師の食養ブログ  
http://ayustet.info/

(「肉食鍼灸師」という肩書に「うゎ、こわそー!」と引いちゃう人もいるかもしれませんが、実際の印象は全然違います。とってもソフトな語り口で、博識な研究者肌のやさしい先生です。) 





記事本文から引用しよう。

「桂皮(シナモン)の含まれる漢方薬を自己判断で飲み続け、健康診断で肝機能の問題を指摘されている人が今までに何人かいました。

はいはい。
私、その「何人か」の一人ですよ。


昨年夏、里帰りの折に野村先生の治療院へ行き、「この1,2年、肝機能の数値があまり良くないんです。毎日、漢方系の更年期障害の薬(「命の〇」「ル〇―ナ」といった辺り)を飲んでいるので何か関係があるんでしょうかね...。」という相談をしたのだ。
先生は、分厚い専門書をすぐに取り出して、該当ページを一緒に確認しながら記事本文のような説明を丁寧にしてくださった。

記事がUPされたのは、その治療日からわずか数日後のこと😅。


もう一度、本文より引用。

「シナモンの原料となる植物は、主に2種類あります。
一つはセイロンケイヒ、でもう一つはカシアと呼ばれる植物です。
 
どちらが原料でも「シナモン」として売られていますが、成分は同じではありません。 
セイロンケイヒのシナモンは香りが良く、味がマイルドなのが特徴で、カシアよりも高級品です。 
カシアは、セイロンケイヒよりも刺激的な香りで辛みがあり、和菓子の八つ橋やニッキ飴に使われています。 
日本や中国では桂皮(ケイヒ)と呼ばれ、ニッキ、ニッケイとも呼ばれていますが、この原料はカシアです。 
有害成分であるクマリンはセイロンケイヒよりも、カシアにより多く含まれています。(約40倍~400倍) 
ですから日常的に摂取して健康被害の可能性があるのは、カシアを原料としたシナモンでしょう。

...毎朝飲んでいる大好きな豆乳チャイ。
今すぐ完全に止めるつもりは無いけれど、少しずつ回数を減らしていこうかな...。


 
https://www.brooks.co.jp/refer/syosai.php?SHNCOD=10752


これが私の中では断トツナンバーワンの「うまいチャイ」。
ブルックスの直売所が実家から近いもんで、ここ数年は里帰りの時に親がお土産としてわんさか持たせてくれるようになった。
(ありがたい...🙏)


当然、シナモンは入ってますよ。
一般消費者向きの商品だから、安い方のシナモン、でしょうね。


自分の身体になるべく害にならないスパイスを選んで、自分オリジナルのスパイシーなチャイを作り出すしかない、か...。


(アメリカで市販のチャイを10種類以上は試してみたけど、どれもこれも味がイマイチで、このブルックスのマサラチャイの足元には遠く及ばないものばかりだった...。
あ、でも、甘過ぎるって欠点はあるけど、スタバのチャイは美味しいよね!)


これ。
「アメリカメディア界の女帝・オプラ・ウィンフリープロデュースによる『オプラ・チャイ・ティー』」。


彼女については昔、楽天ブログでも記事として取り上げました。
https://plaza.rakuten.co.jp/backtotheessence/diary/201303130000/







2017年5月5日金曜日

法王は紅茶花伝がお好き💛

(初出:2016年11月@Google+)

きっと「あったか~い」ケースで売られている甘めのミルクティーがお好きなのでしょう。キリンの午後ティー派ではなく、コカコーラ・紅茶花伝派のダライ・ラマ法王。
西洋占星術の本では蟹座の代表例としてしょっちゅう出生図チャートが引用されているお方です。


(アセンダントASC、太陽星座、共に蟹座という「正真正銘の蟹座」のようなお方なので、イメージが湧きやすいんですよね。ちなみに月は乙女座で、コミュニケーションを司る第3ハウスに金星・海王星と同室。
なるほどなあ。ちょいと乙女チックフレーバーの親しみやすく、おしゃべり大好きな笑顔キャラ、っていう事はチャートからも読み取れるんだ!)



陰謀論者的にはこの情報、どう読み解くでしょうかね。
キリンビールは某日蓮正宗系(現在は断絶)の大手新興宗教と深いかかわりが、とか、五輪利権で毎回毎回ウハウハよー$な米南部・ジョージア州アトランタが本拠地(だからアトランタオリンピックだったのね。)のコカコラはイルミさんとお友達、とか。
ダライ・ラマ猊下は果たしてどちら側におつきなのだろうか...。


まー、おいしけりゃそんなのどうでもいいじゃないの。
と、少々陰謀論にうんざり気味の一市民がひとりごちます。



「希望格差社会」...日本も、世界も。

(初出:2016年11月@Google+)

単行本の形で最初に出てからもう10年以上経ってしまった本ではあるが、運良く近くの図書館の日本語図書コーナーで借りることができた。
今、この年齢でこの本を読めて良かった、と思う。心の底から。

希望格差社会―「負け組」の絶望感が日本を引き裂く (ちくま文庫)
山田 昌弘
筑摩書房
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高度成長時代の「右上がり」しか知らなかった親世代の物の見方にまんまと乗せられ、「いい学校へ」「上のレベルへ」と馬車馬のように追い立てられていた、昔の自分。
折りしも、時代はバブル景気真っ盛り。
冷静に考えている暇なんて無かった。
ただ目の前の人参を追っかける馬のように、ひたすら前へ前へと突き進めばそれでいい、と思っていた。

「上のレベルへ行けば、きっといいこと待っている。」
「上のレベルへ行けば、こんな自分でも少しは箔が付くかも。」

自分の外にある「上へ!」というゴール目がけて一目散に走ってはみた。
でも、それはあまりにも低すぎる自尊感情をごまかして、外面だけいいカッコしてみたかったから。


女にもてたいから高給取りになりたい。
自分を振った元彼を見返したいから、売れっ子芸能人になりたい。


そういう人々と根っこ部分では何ら変わらない発想をしていた、あの頃の自分。
自分本体の値打ちで勝負できない奴がすぐ飛びつく、安易な解決法に走っただけなんだ。
「虎の威を借る狐」的な、その場しのぎの浅はかな解決法に。
あー、はずかし。


山田昌弘・東京学芸大学教授のこの本を読んでようやくあの頃の自分の異常性に気付くことができた。


若い頃から2012年頃までの自分って、「希望教」という名前の、全然ご利益など期待できないようなインチキ新興宗教にどっぷりはまった、しょーもない奴だった。
現実認識能力がゼロどころか、マイナスへと落ち込んでいたと思うな。
やみくもに「上へ!」って唱えながら進んで行けば、何とかなる、道は開ける...。
そのように40過ぎまで信じ込んでたんだから、まったくもう、どーしよーもない。

そんなおめでたい中身の私が、「引き寄せの法則」に出会うやいなや、これまたどっぷりはまってしまったのも、当然と言えば当然であった。
「希望教」信者の目の前に差し出したら絶対食らいついてきて、骨までしゃぶり尽くすでしょー、っていう感じの文面であふれてるからね、あの手の本は。


「望みは全部叶います!」「宇宙は私の豊かさを望んでいます!」


と、景気いいことばっか連発。そんな言葉を真に受けて、人生しくじったとしても、著者は知らんぷり。責任なんか取ってくれるわけがない。


山田教授が本書の最後に書いていること、自分なりにまとめたらこんな感じになるだろうか。

「希望を持つことは、確かに大切。
だが、かなわなかった、あるいは、どう頑張ってもかないそうにもない希望というものが世の中にはゴマンとある。
その場合、適当な時期やタイミングを見計らって、上手に、きれいさっぱりと後腐れなく諦めさせるために、第三者が介入することが時として役に立つ。
 
『夢を追え!』『希望を持て!』

といった威勢の良い煽り文句ばかり強調する社会では、落伍者となった人々はいたたまれない気持ちで生きなければならない。
しかも、今の日本では、夢も希望もはじけてしまったような人々の方が数としては断然多くなってしまっている。
そうした人々、特に若い人々を放置していては、日本社会はますます停滞していくのではないか。

欧米のように『叶えられなかった希望を上手に諦められる』ような手助けを受けられる体制を整えることが急務である。

求職者たちが、これまでに体験した失敗、挫折といった負の経験とうまく折り合いをつけられるよう、カウンセリングや進路相談といったサービスをもっと充実させることが望ましい。
そうして支えられることで、人は自分の才能や限界、また、現実の姿を冷静に観察・分析できるようになり、『じゃぁ、この条件で自分は一体何ができるだろうか』と自分に問いかけられるようになる。」

ここまで読んでちょっと自分の中の古傷がうずいたな、と感じられた方。
「希望格差社会」、強くおススメします。
自分の中でもやもやしていたものが、山田教授のような専門家の筆致によってバッサバッサと鮮やかに斬られ、正体が明るみになっていく様子を目の当たりにすることで、過去と訣別し、明日へと向かっての力強い一歩を踏み出せるかもしれませんよ。


まぁ、山田先生の上のお説とは若干矛盾しますが、元はと言えば格差社会は西側の先進国、ガッチガチの階級社会を何百年もの間続けているヨーロッパの国々に端を発していますからね。
一世代や二世代で簡単に解決するのなんて無理無理、って言う程に根が深いんです。


このマンガ(ちゃんと日本語訳が付いてます(^^♪)、しばらく前からFacebookでよく目にする。
その度についつい読み返してしまうのだけれど、なかなかうまくできている。作者はニュージーランドの方らしい。
画面右側の若い女性・ポーラにこの先、明るい未来は訪れそうにも無いだろうな...、という夢も希望も何も無いところまで、巧みに描けている、と思う。
ポーラは何も悪いことしたわけじゃないし、与えられた状況の中で一所懸命に生きてきただけなのに、ね...。


楽天的なヴィジョンを持つのはいいこと。
でも、それが叶わなかった時には助けを求める、セルフケアすることで自分の未来をさらなる落ち込みから守る。
そういう視点を自分の中のどこかに持っておくことが大事です。


さて、ブッダの言葉でも読むかな...。
【無駄に期待・希望を与えない】という意味では、釈尊がこの人間世界熟知されている最高レベルのマスターのおひとりであることだけは間違いないよね。

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Kindle版和英対照版もあります。

「...何ごとも心がもとである。心が世の中のことを楽しめば、迷いと苦しみが生まれ、心が道を好めば、さとりと楽しみが生まれる。」 
(「和英対照仏教聖典」p. 327)
「こういう自分にならなきゃいけない」という心。
「〇〇学校を出たからには、このくらいの身分にはならないといけない」という心。


全く、釈尊のおっしゃる通りですよ。
歪んだ心の指令に盲目的に操られるような生き方したって、ロクなことはない。ホント。